蒸気機関が変えたのは移動手段だけじゃない?12のイノベーション・ウェーブ (The 12 Innovation Waves) が解き明かす「ニュースの商品化」と印刷の産業革命
- 本間 充/マーケティングサイエンスラボ所長

- 2025年12月22日
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更新日:1月14日
「印刷」と聞いて、あなたは今のオフィスにあるプリンターを想像しますか?それとも、スマホの画面に取って代わられた「過去の遺物」を想像するでしょうか? マーケティングの歴史を紐解くと、印刷技術の進化は、常に「情報をいかに速く、多くの人に届けるか」という人類の挑戦そのものでした。 本記事では、12のイノベーション・ウェーブ (The 12 Innovation Waves) の第1波・第2波に焦点を当て、産業革命がいかにして「情報」を特権階級のものから大衆の「商品」へと変えたのかを解説します。これは、現代のインターネット革命に匹敵する、劇的なパラダイムシフトの物語です。
1. 「手仕事」から「機械」へ:第1次産業革命の衝撃
18世紀末まで、印刷は「職人の芸術」でした。グーテンベルクの時代から変わらず、木のレバーを全身で引いて一枚一枚紙に圧力をかける重労働。1時間に刷れるのはせいぜい200枚程度でした。これでは、今日のニュースを明日の朝に街中に届けることなど不可能です。
しかし、1780年代からの「蒸気と工場」の時代(第1の波)がすべてを変えました。ジェームズ・ワットの蒸気機関は、鉱山や紡績だけでなく、印刷機にも直結されたのです。

2. タイムズ紙の決断:蒸気駆動シリンダー印刷機
ここで登場する最大のイノベーションが、フリードリヒ・ケーニヒによる「蒸気駆動シリンダー印刷機」です。従来の平らな板を押し付ける方式ではなく、回転する円筒(シリンダー)で紙を巻き込みながら圧力をかけるこの機械は、人間の限界を超えた「高速回転」を実現しました。
1814年、ロンドンの『タイムズ』紙はこの機械を導入し、時速1,100枚という驚異的な速度を記録しました。これは手作業の約5倍。この瞬間、新聞は「昨日の出来事を、翌朝には大量に届ける」ことができる「日刊紙ビジネス」として成立したのです。
マーケティング視点でのポイント: これは単なる高速化ではありません。「情報の同期性」の誕生です。都市に住む何万人もの人が、朝食のテーブルで「同じニュース」を読む。この共同体感覚こそが、近代的な都市文化と世論形成の基盤となりました。
3. 鉄道が市場を「点」から「面」へ広げた
続く第2の波「鉄道と輸送」の時代(1810s-1830s)。蒸気機関車は、印刷された大量の新聞や雑誌を、都市から地方へと運びました。 ここで生まれたのが、「ペニープレス(大衆紙)」というビジネスモデルです。1部1ペニーという破格の安さで新聞を売り、その赤字を「広告収入」で補う。現代のWebメディアにも通じる「アテンション・エコノミー(関心経済)」の原点がここにあります。

4. この時代の代表的な印刷事例
この時代の革命的な変化を理解するために、以下の事例動画をYouTubeで検索してみてください。
事例1:ケーニヒの蒸気印刷機 (Koenig's Steam Press)
解説: ケーニヒの機械がいかにしてシリンダーを使い、蒸気の力で自動的に紙送りをしたかが分かるアニメーションや解説動画が見つかります。これがなければ、現代の「朝刊」は存在しませんでした。
事例2:タイムズ紙の歴史 (The Times Newspaper History)
解説: 1814年のタイムズ紙がいかにして世界初の日刊大量印刷を行ったか。
まとめ:速度が価値を生んだ時代
第1次産業革命期の商業印刷は、物理的な制約からの解放でした。「速さ」と「量」を獲得したことで、情報は特権階級のものから、誰もが買える「商品」へと変わりました。 現代の私たちも、ネットで瞬時に情報が拡散することを当たり前だと思っていますが、その「情報の民主化」の最初のボタンを押したのは、間違いなくこの時代の蒸気印刷機だったのです。


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