「12のイノベーション・ウェーブ」第1部:蒸気と鉄道が「市場」を物理的に創造した時代
- 本間 充/マーケティングサイエンスラボ所長

- 1 時間前
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「12のイノベーション・ウェーブ」 で技術革新のパターンを解き明かすシリーズ、第2回です。 前回は、AIのような現代の革新も、歴史の積み重ねの先にある「必然の進化」である、というお話をしました。
今回は、すべての原点である「第1部:機械化と動力の変革(第1次産業革命期)」を深掘りします。
マーケティングの視点で見ると、この時代は、「生産の制約」と「流通の制約」を同時に打ち破り、初めて「全国規模の市場(マーケット)」という概念を物理的に創造した、非常に重要な時代です。
ウェーブ1:「蒸気と工場」の時代 (The Age of Steam and Factory)
1780年代 、技術革新の最初の大きな波が訪れます。その主役は「蒸気機関」 です。
市場の変化:生産が「家」から「工場」へ それまで、モノづくりは「家内制手工業」が中心でした。職人が自宅や小さな工房で、水力や風力といった自然の力や、自らの手作業に頼って生産していました。これでは、生産量は天候や場所に大きく左右され、非常に不安定でした。
しかし、蒸気機関 という「天候や場所を選ばない、強力で安定した動力源」が登場します。この動力が紡績機や力織機 と結びつくことで、「工場制機械工業」 が誕生しました。
これは、マーケティングにおける「生産(Production)」の概念が根本から変わった瞬間です。生産は「家」から「工場」 へと集約され、計画的かつ大規模な生産が可能になりました。「安価な製品を、大量に、安定して供給する」という、現代のマス・マーケティングの第一歩がここに記されたのです。
技術の積み重ね:「科学」と「現場の知恵」の融合 この蒸気機関も、突然生まれたわけではありません。その土台には、熱力学の萌芽といった「科学的知見」 と、鉱山で排水ポンプを使っていた「現場の技術」 がありました。科学と現場の知恵という、異なる領域の知識が「リコンビネーション(再結合)」したのです。
消費者(労働者)の変化:「労働者階級」の誕生 生産の場が工場に集約された結果、人々は農村から都市へと移動し、「労働者階級」 という新しい消費者層が形成されました。彼らは(低賃金ではありましたが)決まった時間に働き、賃金を得て、都市で消費生活を送るという、新しいライフスタイルを始めます。これは、マーケティングにおける「ターゲティング」の対象となる、巨大な集団が生まれた瞬間でもありました。

ウェーブ2:「鉄道と輸送」の時代 (The Age of Railways and Transport)
第1の波で「安く大量に作れる」ようになっても、それを「遠くまで安く大量に運べ」なければ、市場は拡大しません。 1810年代 、この「流通のボトルネック」を解決したのが、第2の波「鉄道と輸送」です。
市場の変化:「市場の全国化」と「時間・空間」の変容 主役は「蒸気機関車(鉄道)」と「蒸気船」 です。 それまでの輸送手段は、馬車や帆船でした。遅く、コストが高く、天候に左右され、運べる量も限られていました。
しかし、鉄道と蒸気船は、モノとヒトの移動コストを劇的に低下 させました。ロンドンで作られた綿製品が、数日のうちに国内の隅々まで届けられるようになったのです。
これが「市場の全国化」 です。マーケティング担当者は、もはや自分の町の顧客だけを考えていれば良い、という時代ではなくなりました。競合は全国に及び、同時に、市場(=潜在顧客)も全国に広がったのです。 また、電信 の発明は、情報の伝達速度を(ほぼ)ゼロにし、時間と空間の感覚を変容 させました。遠隔地との商取引が、リアルタイムに近づいたのです。
技術の積み重ね:「動力」の「移動体」への応用 この革命も、明確な技術の積み重ねの上にあります。 蒸気機関車とは、ウェーブ1の「蒸気機関」を「移動体」に搭載する技術 です。 そして、そのレールは、ウェーブ1の「製鉄技術」 によって作られています。 ここでも、「動力技術(蒸気)」+「素材技術(鉄)」+「移動体(車輪)」という、既存技術の「組み合わせ」が、社会を激変させるイノベーションを生み出していることがわかります。

第1部が現代のマーケティングに与えた教訓
この第1部(第1次産業革命期)は、私たちマーケターに2つの重要な教訓を与えてくれます。
「生産」と「流通」は市場の土台である どんなに優れた製品(Product)や価格(Price)戦略も、それを安定して生産し、顧客の手元に届ける「流通(Place)」がなければ成り立ちません。蒸気と鉄道は、このPとPの物理的な制約を打ち破り、「マス・マーケティング」が成立するための「土台(インフラ)」を築きました。
技術革新は「コスト」と「時間」の常識を破壊する 蒸気機関は「動力コスト」を、鉄道は「輸送コスト」と「時間」の常識を破壊しました。現代のAIが「知的労働のコスト」と「意思決定の時間」を破壊しようとしているのと、構造は全く同じです。
この「生産」と「流通」という強固な土台の上で、次にどのような波が起きたのか。 次回は、エネルギーの主役が「蒸気」から「電力」へと交代し、ついに「大衆消費社会」と「マス・メディア」が花開く、「第2部:重化学工業とエネルギーの変革」を解説します。


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