「12のイノベーション・ウェーブ」第2部:電気が生んだ「大衆消費社会」と自動車が変えた「移動のマーケティング」
- 本間 充/マーケティングサイエンスラボ所長

- 11月20日
- 読了時間: 6分
「12のイノベーション・ウェーブ」 をマーケティングの視点で読み解く第3回です。
前回(第1部)では、蒸気機関と鉄道が「生産」と「流通」の物理的な制約を打ち破り、「市場の全国化」 を達成した様子を見ました。 しかし、人々の暮らし、特に「家の中」は、まだ大きく変わってはいませんでした。
今回解説する「第2部:重化学工業とエネルギーの変革(第2次産業革命期)」は、エネルギーの主役が「蒸気」から「電力」 へと完全に交代し、その力が「産業」だけでなく「家庭」にまで流れ込んだ時代です。
その結果、「大衆消費社会」 が幕を開け、私たちマーケターの仕事の原型である「マス・マーケティング(マス・メディアと広告)」が誕生しました。
ウェーブ3:「鉄鋼と化学」の時代 (The Age of Steel and Chemicals)
第2次産業革命の土台を準備したのが、この波です。 主役は「安価な鋼鉄」 と「化学工業」 です。 マーケティングの視点では、「より良い素材」が「より安価に」手に入るようになったことで、製品の質と都市のインフラが劇的に向上した時代と言えます。
市場の変化:都市インフラと農業生産性の向上 ベッセマー法 などにより、安価で強靭な「鋼鉄」が大量生産できるようになりました。これにより、ウェーブ2の「鉄道」 のレールはより耐久性を増し、高速化・長距離化を支えました。また、高層建築や長大橋 が可能になり、都市の姿が立体的に変わっていきます。 同時に、「化学肥料」 は農業生産性を向上させ 、さらに多くの人々を都市部で養うことを可能にしました。
技術の積み重ね:「蒸気」と「鉄」の発展 この鋼鉄生産も、ウェーブ1の「蒸気機関」(送風技術)と「製鉄技術」 の改良・組み合わせによって実現しました。まさに土台の上に新しい技術が乗っていることがわかります。
ウェーブ4:「電力と通信」の時代 (The Age of Electricity and Communication)
1870年代 、真の主役が登場します。「電力」 です。 蒸気機関が「熱(蒸気)」という形で「点」でしか使えない動力だったのに対し、電力は「線(送電網)」を通じて、エネルギーを自由自在に、遠くまで、クリーンな形で配ることを可能にしました。これはエネルギーの「流通革命」です。
市場の変化:第二の動力革命と夜間活動の実現 工場では、巨大な蒸気機関から動力を分配する非効率な方式から、各機械に「モーター」 を置く方式へと変わりました。これにより工場のレイアウトは自由になり 、生産性は飛躍的に向上します。 そして「電灯」 は、人類の活動から「夜」という制約を取り払いました 。これは、消費行動の時間を劇的に延長させた、マーケティング上の大事件です。夜間に店舗を開け、夜間に広告を見せ、夜間に娯楽を提供することが可能になったのです。
技術の積み重ね:「電信」から「電話」へ 通信分野では、ウェーブ2の「電信」 が発展し、「電話」 が発明されます。これにより、情報(声)のリアルタイムな遠隔コミュニケーション が可能となり、ビジネスのスピードは格段に上がりました。

ウェーブ5:「大量生産と自動車」の時代 (The Age of Mass Production and Automobiles)
1900年代 、この「電力」という新しい動力と、「鋼鉄」という新しい素材を組み合わせ、20世紀の主役となる2つのイノベーションが生まれます。「自動車」 と「大量生産方式」 です。
市場の変化:「大衆消費社会」の幕開けと「移動の個人化」 ヘンリー・フォードは、「ベルトコンベアによる大量生産方式」 を確立しました。これは、ウェーブ4の「電力(モーター)」 による動力分散があったからこそ可能になったシステムです。 これにより、高価な「ぜいたく品」であった自動車を、労働者でも買える「大衆消費財」へと変貌させました。T型フォードの登場です。 これが「大衆消費社会」 の本格的な幕開けです。
自動車は、人々の「移動を個人化」 しました。鉄道(ウェーブ2)が「点と点」を結ぶ集団輸送だったのに対し、自動車は「面」の移動を可能にし、人々の行動範囲(=商圏)を爆発的に広げました。郊外のショッピングセンターやロードサイド店舗といった、現代の小売業の原型も、この自動車なしにはあり得ませんでした。
技術の積み重ね:「内燃機関」+「鋼鉄」+「電力」 自動車は、ウェーブ4の「内燃機関」 、ウェーブ3の「鋼鉄」と「化学(ゴム)」 の結晶です。 大量生産は、ウェーブ4の「電力」 と(本時代の)科学的管理法 の組み合わせです。ここでも、既存技術の「再結合」がいかに重要かがわかります。
ウェーブ6:「マス・メディアと家電」の時代 (The Age of Mass Media and Appliances)
1920年代 、ウェーブ4の「電力」とウェーブ5の「大量生産」が、ついに「家庭」に本格的に流れ込みます。それが「家庭電化製品(家電)」 です。
市場の変化:家事労働の変革と「マス・マーケティング」の完成 洗濯機、冷蔵庫、掃除機といった「家電」 は、ウェーブ4の「電力」と「モーター」 を使い、ウェーブ5の「大量生産方式」 で安価に製造されました。 これにより、女性(主に主婦)は過酷な家事労働から解放され 、余暇時間が生まれ、新たな消費市場(化粧品、ファッション、レジャーなど)が拡大しました。
同時に、ウェーブ4の「無線通信技術」 が発展した「ラジオ放送」 が登場。これが「マス・メディア」となり、企業は「広告業」 を通じて、大量生産(ウェーブ5) された商品を一斉に宣伝するようになりました。 「大量生産 → マス・メディア(広告) → 大衆消費」という、20世紀型マス・マーケティングの黄金サイクルが、ここで完成したのです。

第2部が現代のマーケティングに与えた教訓
第2次産業革命は、技術が「産業」から「家庭」へと浸透し、人々のライフスタイルと消費行動を根本から作り変えた時代でした。
新しいインフラ(電力)は、新しい市場(家電・広告)を生み出す 電力網というインフラが、家電という巨大な耐久消費財市場と、広告という情報産業市場を生み出しました。現代の「インターネット」や「5G」が、アプリ経済やサブスクリプション市場を生み出したのと同じ構造です。
技術は「時間」と「場所」の制約を解放し、消費を加速させる 電灯は「夜の時間」を、自動車は「移動の場所」を、家電は「家事の時間」を解放しました。マーケティングとは、技術によって解放されたその「時間」と「場所」を、いかに自社の商品・サービスで埋めてもらうかの競争でもあります。
電力と自動車、マス・メディアによって完成したかに見えた20世紀型社会。しかし、この土台の上に、まったく新しい「情報」という波がやってきます。 次回は、ついに「コンピュータ」が登場する、「第3部:情報技術と自動化の変革」を解説します。




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