蒸気と鉄道が広告を生んだ?「12のイノベーション・ウェーブ (The 12 Innovation Waves)」で読み解く広告の夜明け
- 本間 充/マーケティングサイエンスラボ所長

- 2025年12月16日
- 読了時間: 4分
皆さん、こんにちは。マーケティングの世界では、日々新しい手法が登場していますが、実は今の広告の基礎は何百年も前に作られていたことをご存知でしょうか?
今日は、テクノロジーの進化と広告の歴史を紐解く「12のイノベーション・ウェーブ (The 12 Innovation Waves)」の第1章として、産業革命初期の広告がいかにして誕生したのかをお話しします。
1. 「蒸気と工場」の時代:ただの「お知らせ」だった広告
私たちの旅は、1780年代から1810年代の第1次産業革命期から始まります 。この時代のイノベーションの中心は「蒸気機関」と「工場」でした。
テキスト中心の「案内」と「シンボル」
この頃の広告は、現代のような「買ってください!」という強い説得よりも、事実を伝える「案内」が中心でした 。 主な媒体は新聞の「案内広告」です。活版印刷技術を背景に 、地元の新聞に「新しい商品が入荷しました」「店はここにあります」といったテキスト中心の小さな告知を出していました 。
一方で、まだ文字が読めない人々も多かったため、「店頭看板(トレードサイン)」も重要な役割を果たしました 。パン屋ならパンの形、靴屋なら靴の形をした木製や金属製の看板を掲げることで、視覚的に商売を伝えていたのです 。

戦術の裏にある技術
ここでのポイントは、「活版印刷」という技術が「情報を複製する」ことを可能にし、「所在告知(どこにあるか)」や「入荷告知(何が入ったか)」という戦術を生み出した点です 。蒸気機関が登場したとはいえ、まだ広告は「地元のコミュニティ」に向けた静かなメッセージでした。
2. 「鉄道と輸送」の時代:広告が旅をし始めた
1810年代から1830年代に入ると、世界は劇的に狭くなります。「鉄道」の登場です 。
鉄道が広げた「商圏」と「ブランド」
鉄道網が発達することで、人やモノだけでなく、新聞や雑誌も全国に運ばれるようになりました 。これにより、広告の価値が「地元」から「全国」へと跳ね上がります。 また、遠くから運ばれてくる商品は、地元の馴染みの品とは違います。「これはどこの誰の商品か?」を区別する必要が出てきました。ここで生まれたのが、「ブランド認知」という戦術の萌芽です 。
駅貼りポスターと電信の登場
人が鉄道で移動するようになると、「駅」や「沿線」が絶好の広告スペースになります 。これが「移動経路ターゲティング」の始まりです 。 さらに、蒸気機関は印刷機を動かす動力ともなり、ポスターや雑誌の大量印刷を可能にしました 。また、「電信」という通信技術が登場し、遠く離れた場所に広告の原稿を素早く送ることも試みられ始めました 。

この時代の代表的な広告事例
この時代を象徴する事例をご紹介します。
① Pears' Soap(ペアーズ石鹸)
19世紀初頭、石鹸メーカーのペアーズは、単なる商品紹介にとどまらず、有名な画家の絵画をポスターに利用するなどして、「高級感」や「美しさ」といったブランドイメージを作り出そうとしました。これは初期のブランディングの先駆けと言えます。
解説: 当時のポスターや雑誌広告を紹介するドキュメンタリーやスライドショー動画で、絵画のような美しいビジュアルを確認できます。
② ベンジャミン・フランクリンの『ペンシルベニア・ガゼット』
アメリカ建国の父の一人、ベンジャミン・フランクリンは出版人でもありました。彼の新聞に掲載された、暖炉や書籍の案内広告は、テキストベースでありながら、フォントの工夫などで読み手を惹きつける工夫がなされており、コピーライティングの祖とも言われています。
解説: 歴史的な資料映像として、当時の新聞紙面や広告レイアウトを紹介する教育的な動画が見つかります。
「12のイノベーション・ウェーブ (The 12 Innovation Waves)」の第1波、第2波は、まさに広告が「点(看板)」から「線(鉄道)」へと広がり始めた時代でした。次回は、よりカラフルでダイナミックな時代へと進んでいきます。




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