価格設定は「コスト計算」ではなく「信頼の設計」だった
- 本間 充/マーケティングサイエンスラボ所長

- 11月6日
- 読了時間: 5分
事業を運営されている方、これから新しいサービスを始めようとしている方にとって、「価格設定」は本当に頭の痛い問題ですよね。
「原価にこれくらい利益を乗せればいいか…」
「競合があの価格だから、うちはこれくらいで…」
そんな風に「どんぶり勘定」 になっていませんか?
私自身、この「価格」というテーマについて深く調査・研究する機会がありました。そこには、私たちが普段何気なく接している「価格」が、実は非常に深く、戦略的で、時には感情的ですらある、という事実が体系的にまとめられていました。
今日は、その私の調査・研究から学んだ「価格設定の奥深い世界」を、皆さんに分かりやすくシェアしたいと思います。もし今、価格設定で迷っているなら、きっと新しい「思考の軸」が見つかるはずです。
1. あなたの価格設定は「作業」? それとも「戦略」?
私の調査・研究によると、価格設定には大きく分けて3つの基本的なアプローチがあります。
① コストプラス法(自社起点)
これは、製造原価やコストに、自社の利益(マージン)を足し算して決める方法です。一番シンプルで、「これで売れれば必ず利益が出る」という安心感があります。

② 競争ベース価格設定(競合起点)
競合他社の価格を基準(ベンチマーク)にして、それより少し安くしたり、同じにしたりする方法です。価格競争のリスクを避けたい、という防衛的な論理ですね。

③ バリューベース価格設定(顧客起点)
これが最も重要です。自社のコストではなく、顧客が「その商品にどれだけの価値を感じるか」を基準に価格を決めるアプローチです。

多くの人が①の「コストプラス法」から始めてしまいますが、私の調査・研究では、これを厳しく「戦略ではなく作業である」 と結論づけています。なぜなら、顧客が「もっと高くても欲しい!」と思っている価値を提供していても、コストが低ければ不当に安く売ってしまい、利益を逃す(機会損失)可能性があるからです。
また、②の「競合ベース」も、「価格決定権を他社に明け渡す」 という「思考停止」 に陥る危険があります。競合が値下げしたら、自分も追随するしかない消耗戦 に巻き込まれてしまいます。
真の「戦略」とは、③の「顧客が感じる価値(バリュー)」からスタートすることなのです。
2. なぜ「1,980円」は安く感じるのか?(心理的価格設定)
価格は、合理的な「対価」であると同時に、人の「感情」に強く訴えかけるものでもあります。私の調査・研究では、顧客心理を巧みに利用したテクニックも明らかになりました。
① 端数価格(はすうかかく)
スーパーや家電量販店でおなじみの「1,980円」 や「2,980円」 です。 これは、「2,000円」と「1,980円」の差はたった20円でも、私たちの脳は左側の数字(1と2)を強く認識するため、「1,000円台」と「2,000円台」という大きな差があるように錯覚してしまう心理(Left-Digit Bias)を利用しています。
② 名声価格(威光価格)
①とは真逆です。高級時計やハイブランドのバッグが「50,000円」 や「1,000,000円」とキリの良い価格なのは、「高価格=高品質・ステータス」という心理を利用しているからです。 もし高級ブランドが「19,800円」のような端数価格を使ったら、一気に「安っぽい」イメージになり、ブランドの信頼が失われてしまいますよね。
③ おとり効果(松竹梅の法則)
飲食店のコースメニュー で「松:10,000円」「竹:7,000円」「梅:4,000円」とあると、多くの人が真ん中の「竹」を選びませんか? これは、人間が「極端な選択を避けたい」 という心理(極端回避性) を利用したものです。「松(高すぎるかも)」と「梅(安すぎて足りないかも)」というリスクを避け、最も「無難」で「合理的」に見える「竹」に誘導しているのです。 この時、「松」と「梅」は、実は「竹」を選ばせるための「おとり(Decoy)」として機能しているんですね。

3. 「推し活」と「投げ銭」——対価を超えた「感情」の価格
私の調査・研究で最も現代的だと感じたのが、この「感情的な価格」 の分析です。
皆さんは、YouTubeの「スーパーチャット」 やライブ配信の「投げ銭」 をどう思いますか? コンテンツ自体は無料で視聴できるのに、なぜ人々は自発的にお金を支払うのでしょうか。
私の調査・研究によれば、これは従来の「商品の対価」 という経済合理性を超えています。視聴者が支払うのは、コンテンツの対価ではなく、
配信者を「直接」応援したいという「感謝」や「貢献」の気持ち
そのコミュニティの一員であるという「絆」や「参加証」
といった「感情的価値」 に対してなのです。これは、大道芸の「おひねり」 がデジタルに進化した形とも言えますね。
また、アーティストが「支払いたい額をあなたが決めてください(Pay What You Want)」 というモデル(PWYW) もあります。合理的に考えれば皆「0円」を選びそうですが、実際には多くの人が「公平でありたい」「感謝を示したい」 という動機から支払いを行うそうです。
4. 結論:価格設定とは「顧客との信頼関係」を設計すること
ここまで見てきたように、「価格」は単なる数字ではありません。
私の調査・研究では、価格設定を**「顧客との信頼関係を設計すること」** と結論づけています。
Lexus が「名声価格」 を維持するのは、「最高品質を約束する」という顧客への信頼の証です。
chocoZAP が「2,980円」という「端数価格」 を維持するのは、「手軽さを約束する」という信頼の証です。
そして「投げ銭」 は、「感謝」という信頼関係そのものです。
私たちが価格設定で失敗するのは、計算ミスではなく、「不公平だ」と顧客の信頼を失う時です。理由が不透明な値上げ や、価値が伴わない高価格 は、顧客の信頼を裏切ります。
これから価格を決めるあなたへ。私の調査・研究からの提言はこうです。
あなたの「価格」を、「コスト(原価)」から定義してはいけません。それは単なる「作業」です。 あなたの「価格」を、「競合」から定義してもいけません。それは「模倣」であり、戦略の放棄です。あなたの「価格」は、あなたが「顧客に提供したい価値(Value)」と「顧客と築きたい関係性(Relationship)」から定義されなければなりません。
あなたの「価格」は、あなたの事業の「哲学」 そのものです。 コスト計算から始めるのではなく、まずは「顧客にどんな価値を届け、どんな関係を築きたいか」から考えてみませんか?




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