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食卓の名脇役「ハム」と「ソーセージ」、40年間の家計簿が語る意外な真実

私たちの食卓に当たり前のように並ぶ「ハム」と「ソーセージ」。朝食の定番からお弁当のおかず、お酒のおつまみまで、その活躍の場は多岐にわたります。しかし、この二つの加工肉について、日本の家庭が一体いくらお金を使っているのか、そしてその金額が過去数十年でどう変わってきたのか、考えたことはあるでしょうか。


政府統計の総合窓口「e-stat」で公開されている「家計調査」は、そんな私たちの素朴な疑問に答えてくれる宝の山です。今回は、この信頼性の高いデータをもとに、1985年から直近までの約40年間にわたる「ハム」と「ソーセージ」の1世帯あたり月間支出金額の推移を追いかけ、そこから見える日本人の食生活や経済の興味深い変化について考察してみたいと思います。


(※本記事で参照するデータは、e-statの家計調査結果、および「私のサイト(https://www.mslabo.org/ref/house-outgoing)」でグラフ化したものを参考にしています。

このページでは、誰でも、簡単に家計支出・全国・二人世帯以上の支出金額(円)のデータを確認できます。)


微減の「ハム」、微増の「ソーセージ」- 明暗を分けた40年


まず、長期的なトレンドから見ていきましょう。驚くべきことに、この40年間でハムとソーセージの支出額には対照的な動きが見られます。


ハムの支出金額は、長期的に見ると緩やかな減少傾向にあります。1980年代後半から90年代にかけては一定の水準を保っていましたが、2000年代以降、少しずつその額を減らしています。食卓の洋風化を考えれば意外に思えるかもしれません。


一方、ソーセージの支出金額は、長い目で見るとやや増加傾向にあります。特に大きな伸びではありませんが、ハムのように明確に減少することなく、安定した需要を維持、あるいは少しずつ伸ばしてきたことがデータから見て取れます。


この違いはどこから来るのでしょうか。考えられる要因はいくつかあります。

  • 食生活における役割の変化: ソーセージは、お弁当の定番である「タコさんウインナー」に代表されるように、子どもに人気のメニューとして定着しました。また、朝食用のシャウエッセンのようなヒット商品の登場や、バーベキュー、ポトフなど調理用途の広がりも、日常的な食材としての地位を確固たるものにしたと考えられます。手軽に調理でき、日々の食事に取り入れやすい点が、安定した消費につながっているのでしょう。

  • 贈答品市場の変化と健康志向: かつてハムは、お中元やお歳暮の定番商品でした。しかし、ライフスタイルの変化とともに贈答品の選択肢は多様化し、「高級ハムのギフトセット」という需要は以前ほど絶対的なものではなくなりました。また、近年の健康志向の高まりから、塩分や脂肪分を気にして加工肉全般の消費を控える動きもあり、特に塊で買うことの多いハムがその影響を少し受けたのかもしれません。

「ハレの日」のハム、「ケの日」のソーセージ


次に、年間を通じた支出の波を見てみると、さらに面白い事実が浮かび上がります。それは、季節変動の有無です。


ハムの支出は、毎年12月に急増するという非常に顕著な特徴があります。グラフを見ると、毎年12月だけが突出して高くなる美しいスパイク状の波形を描いています。これは、多くの人が経験的に知っていることと一致します。そうです、「お歳暮」と「クリスマス」です。年末の贈答品としての需要に加え、クリスマスディナーのオードブルや、お正月のおせち料理の一品としてハムが購入されるため、12月に支出が集中するのです。これは、ハムが日本人にとって、日常の食材(ケの日)というよりも、特別な日(ハレの日)の食材としての側面を強く持っていることを示しています。


対照的に、ソーセージの支出には、このような特定の月での突出した増加は見られません。年間を通じて比較的なだらかな支出が続いており、夏休みや行楽シーズンのバーベキュー需要でわずかに増えることはあっても、ハムの12月のような極端なピークは存在しません。これは、ソーセージが季節を問わず食卓に登場する「日常の食材」であることを明確に物語っています。


この二つの食材は、同じ加工肉でありながら、日本の消費文化の中で「ハレの日」と「ケの日」という異なるポジションを確立してきたことが、家計の支出データから鮮やかに見て取れるのです。



日本の経済成長と釣り合わない支出額の謎


そして、今回の分析で最も大きな示唆を与えてくれるのが、この40年という長いスパンで見たときの支出金額そのものです。


1985年から現在に至るまで、日本の経済はバブル期とその崩壊、長いデフレ、そして近年の物価上昇など、大きな変動を経験しました。名目GDPも長期的には成長しています。しかし、ハムとソーセージへの支出金額は、どうでしょうか。


40年間のデータを見ても、これらの品目への支出額は、経済成長に見合うほど劇的には増加していません。


むしろ、ほぼ横ばいか、前述の通りハムに至っては減少傾向にすらあります。これは一体何を意味するのでしょうか。


一つの仮説は、「消費の多様化」と「エンゲル係数の変化」です。経済が豊かになるにつれて、私たちの消費は食費(エンゲル係数)の割合が下がり、教育、娯楽、通信など他の分野へとお金が使われるようになります。食費の中でも、より多様な選択肢(例えば、外食、中食、オーガニック食品、世界各国の料理など)に目が向けられるようになりました。ハムやソーセージは既に成熟した市場であり、経済が成長したからといって、食べる量が2倍、3倍になるわけではないのです。


もう一つの要因は、「デフレ経済と企業の努力」です。長らく続いたデフレ経済の中で、メーカーは価格を抑えつつ品質を維持・向上させる努力を続けてきました。特売なども頻繁に行われ、消費者はより安価にこれらの商品を手に入れられるようになりました。そのため、消費量が大きく変わらなくても、支出金額としては伸び悩むという現象が起きたと考えられます。


この「経済は成長している(ように見える)のに、特定の食品への支出は増えない」という事実は、ハムやソーセージに限った話ではないかもしれません。多くの食料品において同様の傾向が見られる可能性があり、日本の豊かさの本質や、生活者の価値観の変化を映し出す鏡と言えるでしょう。


データは雄弁に語る


e-statの家計調査という客観的なデータから、「ハム」と「ソーセージ」という身近な食材を切り取ってみるだけで、これだけ多くのことが見えてきました。


  • ハムは微減、ソーセージは微増という長期トレンド

  • ハムは「ハレの日(12月)」、ソーセージは「ケの日(通年)」という消費パターンの違い

  • 経済成長ほどには支出額が増えていない、成熟した市場の実態


普段何気なく手に取っている商品の裏側には、私たち日本人のライフスタイル、文化、そして経済の大きな物語が隠されています。たまには、こうした公的データに目を向けて、自分の家計簿と見比べてみるのも面白いかもしれません。あなたの家のハムとソーセージの支出は、全国平均と比べてどうでしょうか?

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