スーパーボウル60広告戦略:Pringlesはなぜ「サブリナ・カーペンター」に命運を託したのか?ファン心理を突くキャスティングの深謀遠慮
- 本間 充/マーケティングサイエンスラボ所長

- 1月28日
- 読了時間: 5分
前回の記事「スーパーボウル60広告戦略:Oakley Metaはいかにして「オタクなギア」を文化的アイコンへ昇華させるか?」では、Oakley Metaがいかにして「テクノロジーを人間化」し、スーパーボウルという舞台でキャズムを超えようとしているかを分析しました。今回はその続編として、スナック菓子界の風雲児、Pringlesの戦略に迫ります。
2026年2月8日に開催されるスーパーボウル60(LX)。この巨大なイベントは、スナック菓子メーカーにとっても「1年で最も重要な日」の一つです。なぜなら、スーパーボウルは感謝祭に次いで、アメリカで最もスナックが消費される「喫食機会(Snacking Occasion)」だからです。
ここで沈黙することは、競合巨頭であるFrito-Lay(Lay'sやDoritosを擁する)に店頭の棚と消費者のマインドシェアを完全に明け渡すことを意味します。Pringlesが9年連続での出稿に踏み切ったのは、これが単なる華やかな宣伝ではなく、生存をかけた「防衛戦争」だからに他なりません。
しかし、今回のPringlesが繰り出した一手は、これまでの「おもしろ広告」の枠を大きく踏み出すものでした。
1. 「サブリナ・カーペンター」というキャスティングの真意
今回のキャンペーンにおいて、最大の勝因とも言えるのが、世界的ポップスター、サブリナ・カーペンターの起用です。
マーケターの視点で見れば、彼女の起用は単に「今、チャートを賑わせているから」という短絡的な理由ではありません。私が注目しているのは、彼女が歩んできたキャリアの文脈と、ファンの成熟度とのリンクです。
サブリナは現在でこそ「Espresso」や「Please Please Please」などのヒット曲で知られる歌姫ですが、彼女のルーツはディズニー・チャンネルのドラマ『ガール・ミーツ・ワールド』などの人気子役時代にあります。
私の主張したい重要なポイントは、この「ドラマ時代からのファン」こそが、今回のターゲットの核心であるということです。
かつてテレビの前で彼女のドラマに熱中していた子供たちは、現在、Z世代やα世代の若年成人となっています。彼らは今、自分で購買決定権を持ち、SNSで強力な拡散力を振るう層です。サブリナを起用することで、Pringlesは彼らの「ノスタルジー(幼少期の記憶)」と「現在のトレンド(憧れのアイコン)」の両方を同時にハックしているのです。
通常のPringlesの広告(BAU)が、「筒に手が詰まる」といった普遍的で少し間抜けな(Goofy)ユーモアに頼っているのに対し 、スーパーボウル60では彼女のような「Aリスト・セレブリティ」を起用することで、ブランドの格を「日常のお菓子」から「文化的アイコン」へと一気に引き上げています。
2. ブランド・エゴを捨てた「美学の同化」
今回の広告でマーケターが学ぶべき最も高度なテクニックは、ブランド側がタレントの世界観に歩み寄ったという点です。

サブリナ・カーペンターは2024年から2026年にかけて、フェミニンでレトロ、かつ少し生意気な「コケット(Coquette)」と呼ばれる美学を流行させました。Pringlesはこのトレンドを無視せず、あえて自社のトーン&マナーを彼女の色に染め上げました。
ビジュアルの変貌
従来のPringlesの広告に見られる原色使いの力強さを抑え、彼女のアルバムアートワークに近いパステル調のトーンやソフトなライティングを採用しています。
楽曲の融合
彼女のヒット曲のリズムを使い、歌詞をPringles仕様に書き換える("I'm working late, cause I'm a Pringle"など)といった、ファンが喜ぶ「遊び」を仕掛けています。
通常、ブランドは自社のアイデンティティを守ろうとするあまり、タレントを「自社の色」に染めようとします。しかし、Pringlesはサブリナの世界観に「寄せる」ことで、彼女の熱狂的なファン(Carpenters)を敵に回すことなく、むしろ彼らの会話の一部にブランドを溶け込ませることに成功しました。これは「ブランド・エゴの抑制」という、勇気ある戦略的判断です。
3. 「思わせぶり」なティザー広告がもたらす期待値
次に注目したいのが、公開されたティザー広告の巧妙さです。
このティザーは非常に「思わせぶり」で、視聴者に「スーパーボウル当日の本編を見なければ」と思わせるフックに満ちています。
象徴的なのは、サブリナがPringlesのチップスを花びらに見立てて「He loves me, he loves me not(好き、嫌い、好き…)」と占うシーンです。この演出には、3つのマーケティング的意図が隠されています。
期待感の醸成
商品を直接的に宣伝するのではなく、彼女のミステリアスな魅力を見せることで、本編のストーリーへの興味を惹きつけます。
模倣可能性(Memetic Potential)の設計
「チップスで花占いをする」という行為は、誰でも真似ができます。これはTikTokなどのショート動画でユーザーが真似をして投稿する「UGC(ユーザー生成コンテンツ)」を誘発するために、計算し尽くされた「振り付け(Choreography)」なのです。
プラットフォームネイティブな視点
この演出はテレビの大画面でも映えますが、スマホの縦型画面でループ再生されることを前提に設計されています。テレビCMを核にしつつも、SNSでの拡散を「リバース・エンジニアリング(逆算)」した企画と言えるでしょう。

4. マーケターがスーパーボウル当日にチェックすべきこと
スーパーボウル60の当日、私たちは単にCMを鑑賞するだけでなく、以下の動向を観察する必要があります。
#PringlesChallenge の拡散量
ハッシュタグを通じて、ユーザーが実際にチップスを並べて遊ぶ動画がどれだけ投稿されるか。これが自然発生的に広がれば、数億ドルの広告費を上回るROI(投資対効果)を生み出します。
SNSでの「Mother」論争
サブリナのファン層が、広告に対して「Mother(最高、尊いという意味のスラング)」という言葉を使って称賛しているか。これがZ世代への浸透度を測るバロメーターになります。
結論:ポップカルチャーの「速度」に乗る
Pringlesの事例から学べる最大の教訓は、「旬」を捉えるスカウティング能力と、トレンドにブランドを委ねる柔軟性です。
サブリナ・カーペンターのような爆発的なスターを、ピークのタイミングで起用するには、数ヶ月〜半年前からの緻密な予測と交渉が必要です。マーケティングチームが常にSNSのバズやチャートの動向を早期に察知し、「次に誰が来るか」にベット(賭け)し続けた結果が、このスーパーボウルでの勝利へと繋がります。
ブランドを「文化的象徴」に昇華させるためには、時には自社のロゴよりも、その瞬間の「時代の顔」を優先させる。Pringlesがスーパーボウル60で見せたこの挑戦は、現代のトレンド・マーケティングにおける一つの到達点と言えるでしょう。

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